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第1章 誕生


    ミラレーパの生涯   第 1部

 あらまし:父方の名前:ミラに関して。祖先の起源。誕生の様子。

  父が亡くなった後、どのように近しい親戚が敵となり、彼の所有していた内側、外側の物を奪い、彼がどのように苦しみみという真実を知るかについて。

  最後に、母に説得されることによって、魔術を使って敵を滅ぼす様子。これがこの驚くべき話の最初の3章である。


 第1章  誕生

 
  エマホ、何と驚くべきこと!ニャナンのドゥーパ・プク(胃袋のような洞穴)と呼べれる洞窟に住んでいるとき、すべてのヨーギーのの中の最高のへールカ、そ の名も高き師、ミラ・シェーパドルジェ(笑うヴァジラ)は、優れた弟子、信者、覚醒したヨーギー、偉大な到達真智運命魂たちに囲まれていた。その名を挙げ れば、レーチュン・ドルジェタクパ(有名なヴァジラ)、レーパ・シワウー(寂静の光)、ゲンゾン・レーパ、セベン・レーパ、キラ・レーパ(狩人)、ディゴ ン・レーパ、レンゴン・レーパ、レーパ・サンギェーキャプ(覚者である守護者)、シェンゴン・レーパ(シェンの隠者)、タンパ・ギャクプワ(ギャクプの聖 者)、シャーキャグナ師、その他である。女性の信者たちの中には、レクセブム(十万の徳)とジェンドルモ(シェンのヴァジラ)が他の在家の弟子と共に来て いた。また、会衆の中には五人のツェリンチェー(長寿の姉妹)や微細な身体を得た他のダーキニーたちもいた。そしてその他にも、神々や男女がそこに集まっ ていた。師はマハーヤーナの教えに従って、聖なる法輪を回しておられた。

 そのとき、レーチュンパは洞窟で深い瞑想に入っていた。一晩中 彼は夢を見ていた。ウッディヤーナ(ダーキニーたちの住処)と呼ばれる魅惑的な国で、彼は高価な材料で家々が建てられ瓦(かわら)が吹かれている素晴らし い都市に入った。この都市の住人は、魅惑的な美しさを持ち、絹の衣装を着け、骨と貴石の飾りをつけていた。彼らは口をきかず、ただ喜びに満ちて微笑み、視 線を交わし合っていた。

 その中に、バリマという名の、ラマ・ティプパの女性の弟子がいた。レーチュンパは彼女を以前のネパールで知っていた。彼女は赤い衣装をつけており、彼らのリーダーのようであった。

「甥(おい)よ、来たのですね!ようこそ。」

 彼女はレーチュンパにこう言うと、高価な石でできた、感覚を喜ばせる無数の宝が満ちあふれている大邸宅に連れて行った。そして、大事な客として迎え、彼のために素晴らしい祝宴を開いて、食べ物と飲物でもてなした。

 彼女はこう言った。

「今このとき、不変の覚者アクショブヤがウッディヤーナで教義を教えておられます。甥よ、もし覚者の話を聞きたいなら、わたしがお許しを頂きましょう。」

 レーチュンパは覚者の法則を聞きたいと望んで、

「ええ、お願いします」

と答え、彼らに連れだって出かけた。

 市の中心で、レーチュンパは高価な材料でできた、素晴らしい高い玉座を見た。その玉座には不変の覚者が、まばゆく輝きながら、瞑想で見たよりも壮厳に座し、おびただしい数の弟子のただ中で、教義を教えておられた。

 レーチュンパはこのしるしを見て喜びに酔いしれ、気の失うのではないかと思った。バリマが言った。

「甥よ、しばらくここにいてください。わたしは覚者のお許しを得てきます。」

 彼女は前に進み出て、望みを果たした。レーチュンパは彼女に導かれて覚者の足に礼拝した。そして覚者に祝福を請い、その前にとどまって教えを聞いた。

 覚者は少しの間、彼に向かって微笑みながら、じっとご覧になったので、彼はひそかに思った。

「覚者は聖哀れみを持って、わたしのことを考えておられる。」

 レーチュンパは覚者方と到達真智運命魂方の誕生と生涯の歴史をきくうちに、身の毛が震えるほどの感動を覚え、信を持った。

 最後に覚者は、それまでの話よりさらに驚くべき、ティローパ、ナーローパ、マルパ(*1)の物語をお話になった。聞いていた者たちには信が高まるのを感じた。

(*1) ティローパ、ナローパ、マルパ:カギュー派の主要な二つの系統は、リンギュー、顕教の伝統における師の「遠い系統」と、ニュギュー、師の「近い系統」(あ るいは直接の系統)である。この後者の系統はティローパから来たもので、ティローパは来たもので、ティローパは奥義に関する密教の口頭伝授、特に後にナー ローパの六つの教義として知られることになる伝授を受けた。


 話を終えられると覚者はこう言われた。

「明日はミラレーパの話をしましょう。今話したものより、さらに素晴らしい話です。皆さん、聞きに来てください。」

「今聞いたものよりもさらに素晴らしい業があるなら、その奇跡は、すべての限界を超えている」

と、何人かの弟子が言い、また他の者は、

「今明かされた徳は、教え切れない生の間に幻影と欲望を取り除くことによって積まれた、精神的、霊的な徳の果報だ。だがミラレーパは一生、一つの身体で同じ完成に達したのだ」

と言った。そして初めの者たちが言った。

「もしそのような素晴らしい教えを、有情の魂のために懇願(こんがん)しなかったら、我々は価値のない弟子ということになってしまう。心から努力し勇気を持って、この教えをいただこうとしなければ。」

 また別の者が、

「ミラレーパは今どこにいるんだ?」

と聞き、だれかが、

「彼はアビラティか超越童子天(*2)のとぢらかの覚者の領域にいる」
と答えた。レーチュンパは思った。

(*2) アビラティと超越童子天:覚者の浄土の名前。アビラティは「完全な喜び」という意味で、覚者アクショーブヤ(ふどうの者)の領域である。イニシェーション を受けた者が、瞑想で五つの覚者の領域を観想するとき、アビラティは東にあるものとして考えられる。「超越童子天(オクミン)」という言葉は、文字どおり には、「下にないこと」という意味で、つまりサンボガカーヤの最高の覚者の領域を指している。「超越童子天(オクミン)はまた形容詞として名詞「アビラ ティ(グンガー)」を修飾して、「オクミン・グンガー」、最高の喜びに満ちた領域、というふうに描写的な言葉ともなる。


「師は実際にはチベットに住んでいらっしゃる。今の発言は皆、わたしの情熱を目覚めさせるためのもの以外の何ものでもなかったのだ。わたしは間違いなく、すべての魂の利益のために、師の物語を懇願しなければならない。」

 レーチュンパがこのように考えていると、バリマが彼の手を取り、揺り動かして言った。

「甥よ、わかったのですね!」

 夜が明け始め、レーチュンパは目を覚ました。彼の内的な知覚は、かつてなく透明で明るく、瞑想は堅固であった。夢を思い起こしながら、彼は考え続けた。

「不 変の覚者がウッディヤーナのダーキニーたちに教えを説いておられると聞いた。本当に素晴らしいことだ。しかし尊敬すべき師ミラに会えたことは、それよりさ らに素晴らしい。不変の覚者の教えを聞いたのは、尊敬すべき師の祝福である。ジェツン(*)はアビラティか超越童子天に住んでおられると言われていた。」

(*)ジェツン:宗教的指導者、聖者、および偉大な教師に与えられるチベット語の尊称・敬称。

 レーチュンパは、自分を叱咤(しった)した。

「ジェツンがチベットに住んでおられると考えるとは、なんと愚かなことか。それは自分をジェツンのレベルに置くことであり、ジェツンに対する不敬であった。尊師は身・口・ 意において覚者であられるのだから、ジェツンがなされることは想像できないほど偉大で深遠なのだ。愚かなわたしは、ジェツンがどこにいらっしゃろうと、その場所は いつでも超越童子天とアビラティだということを忘れていたのだ。夢の中で教義を教えておられた方と、その教えを聞いていたバリマその他の人たちは、わたし がジェツンにお話を伺わなければならない、ということを示唆していたのだ。よし、ジェツンにお伺いしよう。」

 彼は師ミラレーパに尋常ならざる尊 敬の念を感じ、心の底から、まさに骨の髄から祈りを捧げた。少しの間瞑想に浸っていると、無感覚と明るい透明さが入り交じった中に、五人の若い娘が、それ ぞれ白、青、黄、赤、緑のウッディヤーナの帯状の髪飾りと衣装をつけて、彼の前に立っているのが見えた。

「明日ミラレーパの話があるわよ。聞きに行きましょう。」

と、そのうちの一人が言った。

2番目の娘が、

「だれがそれをお願いするの?」

「優れた霊の息子たちがお願いするでしょう」
と言うと、

と、別の娘が答えた。そして彼らの目がレーチュンパに向かって微笑んだ。

「あのような素晴らしい教えを聞けば、だれもが幸せになるでしょうから、わたしたち一人一人がそれぞれお祈りをしてお願いするのがよいと思うわ」

と、その若い娘がつけ加えると、別の一人がこう続けた。

「お話をお伺いするのは、年長のお弟子さん方がお決めになることよ。わたしたちの仕事は教えを広め、守ること。」

 こう言い終えると、娘たちは虹のように消えた。

 レーチュンパは夢うつつの状態から覚めた。夜明けの太陽が昇り、空にまばゆく輝いた。

「この夢は不死の五姉妹の導きだったのだ」
と、彼は心の中で思った。

  彼は覚醒した活発な状態で、食事を用意した。そして食事を終え、満ち足りて元気になると、師を探しに出かけ、色とりどりの群れをなす、出家修行者や弟子や 在家修行者に取り囲まれている師を見つけた。レーチュンパは師に礼拝し、ご機嫌を伺った。そしてひざまずいたままで合掌(がっしょう)し、懇願(こんがん) した。

「尊きジェツン「よ、いにしえの覚者方は昔、有情の魂のために、覚者方の生涯の12の苦労や、その他の想像もつかない開放の業をお話になりまし た。そしてこのようにして覚者の教えが世界中に広まりました。今日、幸運な求道者には、解放への道が開かれております。それは、ティローパ、ナーローパ、 マルパその他の聖者方が、ご自分の経験を語られたからです。
 
 ジェツンよ、弟子の喜びのため、将来弟子になる幸運な者たちのため、そして他の有情の魂を解放の道において導くため、哀れみ深きジェツンよ、家族の源である方よ、どうかジェツンのお話と、ジェツンのなされた業をお話しください。」

 そこでジェツンは微笑んでお答えになった。

「レー チュンパ、お前の頼みであれば、願いをかなえよう。わたしの一族の名前はキュンポ、家族の名前はジョセー、そしてわたしの名前はミラレーパである。若いこ ろ、わたしは極悪な行いをなした。成年になってからは純潔を実践した。そして今、わたしは善悪の両方を離れ、カルマをつくる行為の根を破壊し、これから行 為を起こすいかなる理由もない。これ以上話しても涙と笑いを誘うだけだ。お前に話して何の益があろうか?わたしは老人だ。そっとしておいてくれないか。」

 ミラレーパはこのよう言った。レーチュンパは礼拝して、今度はこのように懇願した。

「尊ききジェツンよ、ジェツンを初め、恐ろしいまでの苦行と決意によって、隠された真理を見抜かれました。完全に瞑想に没頭することによって、物事の真の性質と空の状態 への覚醒を成し遂げられました。カルマのきずなを解き放ち、未来際の苦を越えられました。わたしたちは皆、それを知っております。それゆえ、ジェツンがキュン ポの子孫、ジョセーの家系であること、ミラと呼ばれた理由、そしてなぜ、ジェツンの最初の悪業と、成年に達して行われた善業が涙と笑いを誘うか、尽きることの ない興味があるのです。すべての魂のことを慈悲を持ってお考えになり、聖無頓着の深みにおとどまりにならず、どうぞ体験なさったすべてのことを我々にお聞 かせください。信を持ってここにお集まりになった、道の兄弟姉妹よ、在家の弟子衆よ、一緒にお祈りください。」

 このように言うと、レーチュンパは何度か礼拝をした。そして高弟たち、精神的な息子たち、在家修行者たちも礼拝しながら彼と同じ祈りを唱え、ジェツンに法輪を回してくださいと懇願した。

 そこでジェツンはこのようにお話になった。

「そ のように熱心に懇願するなら、わたしももはや生涯を隠さず、それをあなた方に明かそう。わたしの一族は北部中央の優れた牧夫の系統からきており、その名を キュンポという。祖先はニンマ派(*3)のラマの息子で、ジョセーとうい名のヨーギーであった。タントラに主神に励まされ、マントラ(*4)によって素晴 らしい力を獲得し、また国中の聖地や、そこにある礼拝堂を訪ねて回った。

(*3)ニンマ派:「古い宗派」。インドからチベットに来た、グル・パドマサンバヴァとヴィマミトラのもとで8世紀に始まった、古い翻訳の宗派としても知られている。チベットの外で今日も存在しているチベット仏教の主要な四つの宗派の一つである。

(*4) マントラ:一つのマントラは、神聖と見なされる単独の音節、あるいはいくつかの音節がまとまったものである。仏教タントラの瞑想では、輝く形に観想される か、さまざまな声のレベルで歌われる。しかしときとして、マントラの音が動的な呼吸のエネルギーと合一して、無声の変質のかたちを取ることもある。


  タントラの経典は、マントラは人が偽慢的な心の二元的な表象と、それから生じるすべての不幸な結果から自分自身を守るために使うことのできる、直接的な方 法であると定義している。さまざまなマントラ瞑想によって心が静まり、それによってイニシェーションを受けた者はイニシェーションのときに垣間見た、自然 に生じる内的な覚醒に再び火をつけるために、努力することができるようになる。

 仏教のマントラは、元来、自己変容の原理と実践とともに、解脱した偉大なる師より授けられたものである。マントラにはさまざまなレベルの意味があり、これは経験のある師からのみ、またその師の決めた手順に従うことによってのみ、学ぶことができる。

 ヒンドゥー教の伝統は、基本的なマントラ「オーム」を最高の神の声であり、それに実在の力を付した。一方、仏教ではそのような絶対的な実在の力を認めない。


 北の上ツァンにある、チュンパチの村で、彼は歓迎され、この地方で悪霊を鎮圧した。この力のせいで、彼は大変重宝がられ、その影響力と仕事の重要性が増した。彼はキュンポ・ジョセーと呼ばれ、この地方で何年か住んだ。病にかかった者は必ず彼を呼んだ。

  あるとき恐ろしい悪霊がいた。この悪霊は、ジョセーに近づくことができなかったが、彼以外の者はだれも、それに耐えることができなかった。悪霊はジョセー をほとんど信じていないある家族に取りついて、彼らを苦しめた。この家族は別のラマを呼んで、悪魔祓(はら)いをやったが、悪霊はただ笑い、あざけって彼 らを苦しめ続けた。
 
 このとき、ジョセーを信じていた一人の親戚が、この家族にひそかにジョセーを呼ぶように勤めた。彼が「傷を癒(いや)すなら、人は犬の脂肪でも使う」ということわざを引用すると、彼らはキュンポ・ジョセーを呼びにやった。

 悪霊のそばに来ると、ジョセーは堂々とした態度で、声高に叫んだ。

「われ、キュンポ・ジョセーここに参上。悪霊の肉を食べ、その血を飲む者なり。見よ!」

 そう言い放つと彼は前に突進した。悪霊はパニックに陥って、恐怖のあまり叫んだ。

「パパ、ミラ、パパ、ミラ!」(*5)

(*5)「パパ・ミラ!」:「父よ、なんという人だ!父よ、なんという人だ!」チベット語で「ミ」とは人であり、「ラ」はそれを強める感嘆詞である。したがって、父(パパ)よ、なんという人だ、というふうに訳される。


 ジョセーが彼に近づくと、悪霊は言った。

「わたしはいつでもあなたのお邪魔にならないよにしてきたではありませんか。命だけはお助けください。」

 ジョセーは、悪霊にもう決してだれも傷つけないことを誓わせて、彼を行かせた。


 このときから、ジョセーの徳の力を表わして、だれもが彼をミラを呼んだ。そして、ジョセーはミラという名を姓としたのであった。悪霊はそれ以来害を与えることがなかったので、だれもが彼を別の領域に生まれ変わったのだと考えた。

  その後、キュンポ・ジョセーは女をめとり、一人の息子をもうけた。この息子は二人の息子を持ち、上の息子はミラ・ドトゥンセンゲ(獅子のようなスートラの 師)と呼ばれた。下の方の息子はミラ・ドルジェセンゲ(ヴァジラの獅子)と呼ばれた。このときから、子孫は皆はそれぞれ一人息子しか持たなかったのであ る。

 ヴァジラの獅子のミラは、非常に巧みな、サイコロのばくち打ちで、よく勝つことができた。さて、この地方には勢力のある家の出で、 やはりサイコロに巧みな詐欺師の男がいた。ある日、彼はヴァジラの獅子にミラの力を試すために、小さなゲームを行って、敵の力を計り始めた。この日、彼は 勝つために必要なことをやってのけた。機嫌を損ねたヴァジラの獅子のミラは、

「明日は取り返すぞ」と、彼に言った。

「いいだろう」と、もう一方が言った。

 詐欺師は賭(かけ)金を調達し、3回負かされた。

「今度は取り返すぞ」

と、彼は言った。両者とも賭けるものに同意した。今度は取り戻すことのできない、畑、家屋、全財産を賭けたのである。双方は書面で契約を交わして互いを拘束した。詐欺師が勝ち、彼は自分の家族に、賭けられた畑と家屋と全財産を管理させて、それらを所有した。

  父と息子の二人のミラはその地を去った。そしてマンユル近くのクンタンにある、キャガツァ村に着き、そこに身を落ち着けた。父、獅子のようなスートラの師 のミラは、聖典を読み、供犠(くぎ)の人形(*6)を捧げ、雹(ひょう)の嵐から守り、子供たちを悪霊から救うために、そこに住む人々の家に呼ばれた。需 要は多く、多くの布施された品がたまった。冬になると、ヴァジラの獅子はネパールの南に商売に出かけ、夏には北の牧夫の一人となった。また、ちょっとした 商売をしに、マンユルとクンタンの間を行き来することもあった。このようにして父と息子は大いなる富を築いた。

(*6)供犠の人 形:供犠の人形を使うことは、ボンと呼ばれる、自然崇拝の形態を取るチベットの土着の宗教の、伝統的な慣習にさかのぼる。木の塊や色のついたバターでつや 出しされたやわらかい練り粉で作られた男と女や家畜の人形が、犠牲者をその邪悪な影響から安全に解放するための賠償金として、神々や精霊に捧げられた。儀 式は家で、在家の心霊術者、あるいは、ときとしては仏教タントラの僧によっても行われる。

 このころ、ヴァジラの獅子のミラは村 の娘に恋をして、彼女をめとった。彼らは智慧の旗のミラと名づけた息子を持った。この息子が成人になりかけるころ、彼の祖父である獅子のようなスートラの 師のミラが死んだ。葬式を済ませた後、ヴァジラの獅子のミラは、商売によってさらに富を増し、以前よりもさらに裕福になった。

 ツァ(*7)の近くには、肥沃(ひよく)な土でできた三角形の畑を持つ、オルマという名の者がいた。北から南から、金と商品を手に入れた後、ヴァジラの獅子のミラはこの畑を買い取り、それを肥沃な三角形と名づけた。

(*7)ツァ:キャガツァの短縮形

 この畑の端に、近所の人のものである。廃墟となった家屋があった。ヴァジラの獅子のミラはそれも買い取り、荘園の邸宅の土台を造った。家が建てられているうちに、智慧の旗のミラは20歳になった。

  ツァの、ニャンの高貴な家族に白宝という名の大変美しい娘がいた。彼女は家事がうまく、友人に対する愛においても、敵に対する憎しみにおいても、激しかっ た。智慧の旗のミラは彼女をめとり、ニャンツァ・カルギェン(ニャンの白宝)と呼んだ。その後も荘園の邸宅の建設は進んだ。3階の片側に穀物貯蔵所と台所 のついた中庭が造られた。この家はギャガツァで最も美しいものとなった。邸宅は四つの柱と八つの梁(はり)がついていたので、四柱八梁と呼ばれた。良い名 前がついたことを喜びながら、父と息子はそこに住んだ。

 しばらく後、チュンパチで父と息子の名声を耳にした、ユンドゥン・ギェルツェン (卍(まんじ)の勝利の旗)という名の、ヴァジラの獅子のミラの第一のいとこの息子が、妻と子供たちと姉のキュンツァ・ペンデン(キュンの栄光ある競争 者)とともに、彼の故郷からキャガツァへやって来た。

 智慧の旗のミラは、南からたくさんの品々を持ち帰って、北の「虎の岬」にそれを売りに出かけて、しばらく留守にしていた。そのとき、白宝は子供を宿した。

 母がわたしを産んだのは、壬辰(みずのえたつ)(*8)の年の秋もたけなわ、月の25日目、第8星座の「勝利」と呼ばれる星の下でのことであった。母は父に伝言を送った。手紙にはこう書かれていた。

(*8)壬辰(みずのえたつ)の年:西暦1052年。


「収穫の時、男の子を産みました。名前をつけ、名づけ日を祝うために、すぐにお帰りください。」

 使いの者は手紙を届けると、一部始終を父に話して聞かせた。

 父は喜びに満たされて叫んだ。

「素晴らしい!名前は決まりだ。うちの家系は一世代に一人以上の息子が出たことはなかった。わたしのもとに生まれて来た子を、『よい知らせ(トゥーパガ)』と呼ぼう。知らせは喜びを運んで来るのだから。さて、商売も済んだことだし、出発だ。」

 そして、彼は家路に向かった。これがわたしが『よい知らせ』という名前をつけられたいきさつである。この名前は喜ばしい名の日の祭で祝福された。

 わたしは愛され、やさしい声だけを聞いて育ち、幸せであった。

「『よい知らせ』とはうまい名前がつけられたものだ」
と誰もいった。

  4歳になった時、母は女の子を産み、その子はグンキー(幸福な守護者)と呼ばれた。彼女の愛称はペタであったので、彼女はペタ・ダンキー(幸福な守護者ペ タ)と呼ばれた。妹は黄金色、わたしはトルコ石の青緑色をした、絹のようにつややかな髪がわたしたちの肩にかかっていたのが思い出す。

  この地方ではわたしたちの言葉は尊敬を持って聞かれ、わたしたちはすでに力を持っていた。それゆえ地方の高貴な者たちは、わたしたちの協力者であり、農夫 はわたしたちに奉公していた。しかし、こういったすべての特権をもっていたにもかかわらず、村人たちはこっそり集まって、こう言ったものだった。

「このよそ者はこの地方に移住してきた者であるが、今や我々のうちのだれよりも栄え、豊かになった。荘園の邸宅と農具と男や女がつけている宝石は見物である。」

 望みをすべてかなえ、ヴァジラの獅子のミラは死んだ。葬式は盛大に執り行われた。

 このようにミラレーパは語った。これが彼の誕生の章、第1章である。



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                   《注》

(*1) ティローパ、ナローパ、マルパ:カギュー派の主要な二つの系統は、リンギュー、顕教の伝統における師の「遠い系統」と、ニュギュー、師の「近い系統」(あ るいは直接の系統)である。この後者の系統はティローパから来たもので、ティローパは来たもので、ティローパは奥義に関する密教の口頭伝授、特に後にナー ローパの六つの教義として知られることになる伝授を受けた。

(*2)アビラティと超越童子天:覚者の浄土の名前。アビラティは「完全な喜 び」という意味で、覚者アクショーブヤ(ふどうの者)の領域である。イニシェーションを受けた者が、瞑想で五つの覚者の領域を観想するとき、アビラティは 東にあるものとして考えられる。「超越童子天(オクミン)」という言葉は、文字どおりには、「下にないこと」という意味で、つまりサンボガカーヤの最高の 覚者の領域を指している。「超越童子天(オクミン)はまた形容詞として名詞「アビラティ(グンガー)」を修飾して、「オクミン・グンガー」、最高の喜びに 満ちた領域、というふうに描写的な言葉ともなる。

(*3)ニンマ派:「古い宗派」。インドからチベットに来た、グル・パドマサンバヴァとヴィマミトラのもとで8世紀に始まった、古い翻訳の宗派としても知られている。チベットの外で今日も存在しているチベット仏教の主要な四つの宗派の一つである。

(*4) マントラ:一つのマントラは、神聖と見なされる単独の音節、あるいはいくつかの音節がまとまったものである。仏教タントラの瞑想では、輝く形に観想される か、さまざまな声のレベルで歌われる。しかしときとして、マントラの音が動的な呼吸のエネルギーと合一して、無声の変質のかたちを取ることもある。

  タントラの経典は、マントラは人が偽慢的な心の二元的な表象と、それから生じるすべての不幸な結果から自分自身を守るために使うことのできる、直接的な方 法であると定義している。さまざまなマントラ瞑想によって心が静まり、それによってイニシェーションを受けた者はイニシェーションのときに垣間見た、自然 に生じる内的な覚醒に再び火をつけるために、努力することができるようになる。

 仏教のマントラは、元来、自己変容の原理と実践とともに、解脱した偉大なる師より授けられたものである。マントラにはさまざまなレベルの意味があり、これは経験のある師からのみ、またその師の決めた手順に従うことによってのみ、学ぶことができる。

 ヒンドゥー教の伝統は、基本的なマントラ「オーム」を最高の神の声であり、それに実在の力を付した。一方、仏教ではそのような絶対的な実在の力を認めない。

(*5)「パパ・ミラ!」:「父よ、なんという人だ!父よ、なんという人だ!」チベット語で「ミ」とは人であり、「ラ」はそれを強める感嘆詞である。したがって、父(パパ)よ、なんという人だ、というふうに訳される。

(*6) 供犠の人形:供犠の人形を使うことは、ボンと呼ばれる、自然崇拝の形態を取るチベットの土着の宗教の、伝統的な慣習にさかのぼる。木の塊や色のついたバ ターでつや出しされたやわらかい練り粉で作られた男と女や家畜の人形が、犠牲者をその邪悪な影響から安全に解放するための賠償金として、神々や精霊に捧げ られた。儀式は家で、在家の心霊術者、あるいは、ときとしては仏教タントラの僧によっても行われる。

(*7)ツァ:キャガツァの短縮形

(*8)壬辰(みつのえたつ)の年:西暦1052年。


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[ 2011/11/29 00:27 ] 第1章 誕生 | TB(0) | CM(0)





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